第三章 青い珊瑚礁~黒田遭難事件~

新たな地……それはまたしても海であった。我々は沖縄観光の定番、シュノーケリングをするために、車で数十分移動してきたのだ。

「イケパラだあ……」

シュノーケリングを主催している会社……そこはまさしく楽園であった。目鼻立ちのくっきりした沖縄顔。真っ黒に日焼けした肌。筋肉がこれでもかと引き締まった上半身を顕にしたイケメンたちが眩しい笑顔と明るい声で我々を迎えてくれた。沖縄に来て本当によかった。

気持ちの良い潮風に吹かれながら、初心者にも分かりやすく、イケメンお兄さんが器具の使い方や泳ぎ方をイケメンに教えてくれている間に、我々の乗る船は沖に到着した。

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「みんな、海に入ってみよう!泳ぎが心配な女の子は俺が引っ張って行くから、この浮き袋につかまってね!」

まっさきに神谷がつかまる。

黒田は迷っていた。彼女は小学生の頃スイミング教室に通っており二級くらいまでは取得したが、耳キーンなるのが嫌でやめてしまってからはどんどん泳ぎが下手になっていった。浮き袋につかまってイケメンの隣でニヨニヨしながら泳いだ方が良いだろうか。しかし小学生の頃、同じようにシュノーケリングをした時は普通に泳げていた。黒田は自分の運動神経を信じ、自力で泳ぐことに決めた。

「これから『青の洞窟』に向かいます!魚たちを見ながらついてきてください!」

え?もう魚見えるの?

そう思い自分の真下を見てみる……。

黒田の思う海とは、瀬戸内海の茶色く濁った海水。黒田の思う魚とは、スーパーで売られている美味しそうな切り身か、実家近くのため池になぜか繁殖しているブラックバスであった。

しかし沖縄の海には、水族館でしか見たことが無いほどの美しい光景が広がっていた。

ライフジャケット無しでは怖くて気を失いそうな程の深さの海。海水が透明で、その海底まで優に見渡すことができた。文字通り青い珊瑚礁と、黄色や青の色とりどりの魚たちが自分のすぐ真下を泳いでゆき、ダイビングをしている人たちと戯れている。

「美味しそう……じゃなくて、綺麗……」

うっとりと目を細めると、笑いジワから目と鼻に水が入ってきた。一旦顔を上げてゴーグルから水を出す。また海面に顔をつける。またニヨニヨして水が入る。水を出す……。

そうこうしているうちに、黒田はみんなから遅れを取ってしまった。髙川の足ヒレが少し遠くに見える。いけない、本気で泳がなければ。足ヒレを大きく動かして皆に追いつこうとした。

あれ……?

進まない。いや、進んではいるが、髙川の足ヒレが全く近づかない、どころが、どんどん距離を取られている……。

それも当然。髙川選手の通っていた中高の体育では六年間、ひたすら水泳とダンスとなんちゃらばかりをしており、授業の一環として海での遠泳も取り入れていた。

要するに、学校のプールで25mをやっとのことで泳いでいた黒田選手には、髙川選手に追いつくことなど不可能なのだ。

ドクン……

黒田の頭にある情景が浮かんだ。一年前の夏休み、ゼミのキャンプ。お兄さんが支える川下りのボート。最後尾の私が乗ろうとした瞬間、力尽きたお兄さん。目の前で流れて行くボート。ゼミ生の皆の困惑した表情。「もしもボートから落ちた人がいた場合、戻ることは出来ないので、置いていきます」説明するお兄さんの声が蘇る。私の川下りはボートに乗ることなく終わるのか。約一時間か。三角座りで砂いじりでもしてようか。

「モゴ モゴモゴモゴ?(黒田、大丈夫か?)」

黒田の目の前に現れたのは、水の中では最強の男、マーメイド内山だった。

マーメイド兼河野ゼミのライフセーバーとして、一応最後尾を泳ごうとしたところ、遅れた黒田を発見したのである。

なんていいやつなんだ。神か。記憶男とかスピーカーとか内山クラウドとか言って、いつも冷たくあたってごめん。

内山は黒田の手を握り、前へ引きながら泳いだ。

トプン……

あれ?なんだこれ……やばい、手を離して内山!

黒田の心の叫びなど聞こえない内山は、黒田の手を引きどんどんと前へ進んで行く。

このままでは……

手を握られ、凄いスピードで引っ張られながら、黒田の頭は真っ白になり、視界は霞んできた。

トプン……

限界……。

少しして、内山がやっと黒田の手を離し、止まった。黒田はすかさず、顔を上げた。

ザパッ

ゴーグルに手をかけ、その中に溜まりに溜まった海水を落とした。

あまりに速く泳ぐからどんどんゴーグルに水が入ってくるし、顔上げて泳ぐなんて芸当は出来ないし。視界は水に遮られ、ほぼ何も見えず、もう少しでゴーグル自体が取れるところであった。危なかった。

ふう、スッキリした。あ。

「モゴモゴ モゴモゴ(内山、ありがとう)」

川や海やで置いていかれがちな黒田は途中からほとんど綺麗な海を見ることが出来なかったが、内山への好感度が爆上がりした。

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~黒田の感想~
「餌やってる時、魚と目が合った。キモかった」

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