俺たちのバケーション:3日目

朝起きると7時。高校時代から仕込まれた体内時計は今なお健在だ。

でも、ひっそりと寝る。この二度寝が至福なんだよなぁ。ひっそりと、というのには訳がある。

・各人、思い思いの時間まで寝よう

・自分が起きても他の人を起こすなんて野暮なことはやめよう

というルールを内山が発動。それを僕は律義に守っていた……Zzz

とはいうものの、9時過ぎにはすっかり目が覚めた自分。LINEで示し合わせたメンツ(内山、菊地、黒田、高川)で散歩がてら朝食を摂ることに。

朝10時だからといってグアムの日差しをなめちゃいけない。肌を突き刺す紫外線から身を守るためには、サングラスと日焼け止めは必須だ。Remember OKINAWA.

スマホ片手にお目当ての店を探すこと10分、目的のカフェに辿り着いた。ちなみにカフェの隣はコンビニ「大阪」。日本人の心に訴求しまくる屋号である。

カフェでは何やらお洒落なベーグルを注文。そういや、こっちのサンドイッチなりベーグルって平気で5ドル6ドルするんだけれど、やっぱ高いよね。いや、日本が安すぎるのか…?

カフェのwifiでSNSチェックも済んだところで、ビーチに行くことに。

カフェから海辺まではものの数百mなのだが、このあたりはホテルのプライベートビーチが占めている。「この裏道からなら行けるかな?」と思っても、ホテルがしれっと建っているから侮れない。今回も、海辺を目前にして「関係者以外立入禁止(意訳)」という看板に進路を阻まれた。

とはいえ捨てる神あれば拾う神あり。僕らの目の前に白塗りのリムジンがやってきて、日本人の新郎新婦がしずしずと現れた。照りつける陽射しに勝るとも劣らない輝きを放つ新郎新婦に4人は暫し見惚れた。

そんな棚ぼたも楽しみつつ、ようやく海辺に辿り着いた一行。昨日の今日で海に来たはずなのに、皆次々とエメラルドグリーンの海に吸い寄せられる。海の色、波の音、緩やかな風…昨日とはまた違うシチュエーションで味わうグアムの海を通して、皆はグアムをますます好きになっただろう。いい写真も、お蔭で沢山撮れました。

かくして海を静かに、そして心行くまで楽しんだ4人は、ホテルで我々を待つもう4人のもとへと帰ることにした。帰ることにしたのだが……。

「「ざっぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。」」

盥をひっくり返したような、とはこういう雨かと、突然のスコールに遭いながら冷静に思う。雨があまりに強くて、満足に眼も空けられない。

そんななか「You’re my soul soul いーつもすぐそばにある…♪」と、どうせ濡れるんだし、ご一緒にと言わんばかりに「A RA SHI」を歌う黒田に、他3人は苦笑しつつも元気を貰う。歌っちゃえ。

ホテルの男子部屋で「おう、お疲れ」と淡々と迎えてくれた山谷。何でかしらんけれど安心するな。着替えたもののスコールは未だ激しいので、着替えと午後のプランニングを行う。

地球の歩き方によると、ホテルから20km先の’Asan’という村がなかなか良さそうだ。タクシーも1人30ドルで貸し切れるらしい。そうと決まれば話は速い。山谷隊長による戦跡ツアーの開始だ。

2台のタクシーに分乗する一行。僕たち(内山、神谷、菊地、山谷)の運ちゃんは片言の日本語で沢山話してくれる。「有難いな~日本人を何度となく乗せたんだろうな~」などと思いながら、助手席に座る神谷との会話を聴いていると、いつの間にか会話が英語にすり替わっていた!運ちゃん、さっきより更に饒舌になってるし。

後部座席に座る男3人は蚊帳の外。神谷・運ちゃんワールドが展開されるのであった。にしても、神谷の英語には惚れ惚れする。

・太平洋戦争国立歴史公園

最初に向かったのはこちら。本当にだだっ広い公園だ。楕円形の広場には、2,3点の爆弾と案内書きがぽつんと置かれている。広場の向こうにはヤシの木、ビーチ、そして太平洋が広がっている。

広場の左手にはモニュメントがある。戦時中、ここアサンビーチから上陸し、グアムを日本軍からもぎ取った海兵隊を称賛するものらしい。

皆、思い思いの場所で海を眺めたり、写真を撮った後は、神谷を先頭に小高い丘を登り始めた。

じっとりと蒸す中進んだところ、ちょっとした空き地に辿り着いた。ここからは3つの道が広がっているようだ。

・更に高みを目指す道

・海岸へ続くと思しき道

・モニュメントの方へ戻る道

探求心旺盛な河野ゼミは、一番歩きづらそうな2を選択。狭く急な階段、貝殻や岩々が転がる道を歩むことになった。

進むこと2,3分。またしても海が開けた。何度見ても海は飽きない。あまつさえ、ここには8人しかいないのだ。天然の海岸線を辿りつつ、8人はのんびり過ごした。

そういえば、栗原と奥永の履物がヒールのあるサンダルだ。足場の悪い中、本当にお疲れ様。彼女たちのバイタリティある一面を見た気がした。

その後も、山谷の兵器、戦術解説などを聞きながらここでの時間を過ごしたわけであり、

「記念公園なんてすぐ見終わるっしょ」という見当は、いい意味で外れた。なんてったって1時間近くいたのだから。

・高台

タクシーの運ちゃんは尚も英語でしゃべる。運ちゃんはフィリピンの出身らしい。奥さんも、子供もいるらしい。米本土へ渡った子供たちはフロリダやカリフォルニアで伸び伸びやってるから、会いに行く方も大変だよ。なんてことを話してくれた。

饒舌に、楽しそうに話す運ちゃんを見ていると、こちらまで楽しくなる。

「次に案内する高台は、ツアーじゃ連れて行ってくれないところダゼ☆眺めも良いから楽しんデ☆」そんなことを言っていた。

高台には、グアムにおける太平洋戦争で亡くなった米兵士の石碑が鎮座していた。やっぱり、この美しい景色と石碑が不釣り合いに思える。

僕には戦争は分からぬ。僕は、早稲田大学の学生だ。友と遊び、酒を飲んで暮らしてきた。けれども……平穏な日常が壊されるのは嫌だ。なんちって。

そういえば、沖縄旅行のときは、こうした戦跡は廻らなかった。学生の間に、こうしたものに触れられたことを大切にしたい。

そんなことをしみじみと思っていると、海の向こうで雨が土砂降りになっているのを発見した。「向こうで土砂降りになってるっぽいよ」と呑気に皆に呼びかける間にも、こちらに迫りくる土砂降りの雲海。朝の二の舞を避けるべく、全力でタクシーに戻る8人であった。

・太平洋戦争博物館

グアムにおける太平洋戦争を日米両方の資料で展示している博物館にやってきた。さながらクリントイーストウッドの映画だ。

日本ゾーンでは、グアムにおける日本兵の経過、一部始終を辿ることが出来た。

中でも目を引いたのは横井庄一さん。

何枚もの写真や絵を基に、彼がどうやって40年弱グアムで生き延びたのかを説明していた。

皆、食い入るように日本軍に関する掲示を読んでいた。皆、何を思いながら読んでいたのだろう。

アメリカゾーンでは、海兵隊にまつわる品々が展示されていた。また、軍用車や銃器も手に取れる展示となっていた。ヘルメットと小銃を持った山谷、やっぱり様になるね。

確認しそびれたけれど、館長は海兵隊の退役軍人なのかもしれない。

何を思い日本人観光客を出迎えているのか、訊いてみたかった。

気が付けば夕方。おなかがすく時分だ。

そういや、神谷さんと運ちゃんがレストランの話をしている。よくよく聞いてみよう。

日本食レストランとグアム料理を出すお店がお勧めらしい。…まぁタクシーで送ってあげるよ、という商売っ気のあるオチも微笑ましい。

タクシーの運ちゃんにもずいぶんお世話になった。4時間貸し切りで1台120ドル。1人当たり30ドル。濃密な経験をさせてもらったことを思えば、十分すぎるお値段だ。感謝感謝。

ホテルのロビーでブリーフィング。高川お母さんを筆頭に女性陣が行く先を検討する。

コストとプレミア感を加味した結果、チャモロ亭に行くことに。

ちなみにチャモロとは、グアムの先住民族の名前だ。さしずめ北海道のアイヌみたいなものだろう。

午後五時近く、グアムのメインストリートを北へ歩く一行。

右手にはDFCガレリア。バーバリー、ルイヴィトンなど名だたるブランドの看板が並ぶが、グアムの雰囲気にそぐわないと感じるのは自分だけだろうか。

左手には、イタリアンレストラン、カフェ、水族館などが並ぶ。そうそう、こういう眺めの方が、旅行に来たって感じるよね。

さらにひた歩くこと10分。だらだら坂を上った丘の上のホテル内に、お目当てのチャモロ亭がある。

そう言えばこれが最後の晩餐なんだなぁ。そう思うと、途端にグアムが名残惜しい。況やゼミ生活をや。

開店時間よりずいぶん早く到着した僕たちだったが、お店のご厚意により開店を早めてくれるらしい。ありがたやありがたや。

手元のメニューには、ステーキからシーフードまでボリューム満点のディナーが押し合いへし合い並んでいる。困った、選びきれない。

厳正なる審査の結果、リブ&チキンステーキと相成りました。期待で胸パンパン。

食前酒代わりのグアムワインを皆でシェア。甘酒のような風味が、日本人の僕らには飲みやすい。

メインが来るまでの時間、皆は入社後の話に花を咲かせる。

こちらの島では山谷がやっぱり注目の的だ。

勿論、奥ちゃんや栗ちゃんの話も興味深い。

ハッキリ言って大学生活はぬるま湯だ。程度の差はあれ、政経生という同じ価値観で括られる人たちなのだから。

社会に出れば、途方もないギャップを感じる相手と渡り歩くこともあるに違いない。

何だか疲れたとき、河野ゼミ14期という巣に戻れるのは。

さあメイン料理が来た。

僕の前には、熱気と重量を感じさせるステーキがドンと置かれている。やっべー、超アメリカン。ちなみにこのステーキのグアムらしさは、ソースにあるらしい。

食事中は案外、静かだった。

この食事を摂れば、グアムの思い出が自分の血肉となると信じているかのように。

店への道すがらは高かった日も、最後の晩餐を終えるころにはすっかり太平洋に沈んでしまった。そろそろ潮時かな。

店を出る間際、奥永が1ドル札で作った折り鶴が、給仕さんに大層喜ばれていた。粋だなぁ。

旅の醍醐味って何だろう。一人旅なら、小回りが利くことを活かした気ままで自在な旅かな。じゃあ、集団での旅なら? やっぱりナイトトーク、部屋飲みでしょ。

ってなわけで、部屋飲み用のお酒を今日も買う。

集合場所は昨日と同じく、男子部屋。

昨晩のワインとイェーガーマイスター、ボチボチのビールを片手に始まる。

いやー…どういう経緯でそうなったのかイマイチ覚えていないけれど、気が付けば暴露大会が厳かに幕を開けていた。

会では8人が自分の赤裸々な過去を出し切った。皆、会を経て一段と逞しくなった。

それにしても、ぶっ飛んだネタを持つ面々が集ったのは、河野勝の選択眼のお陰なのか。

興奮冷めやらぬ中、男子部屋3人がベッドに入る。

ベッドに入っても赤裸々トークは続く。熱を帯びたグアム最後の夜は静かに更けていく。

おやすみ。明日は最終日。いい日になりますように。

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