第一章 旅立ち前夜~山谷失踪事件~

照りつける太陽、青い海と白い砂浜……。

我々河野ゼミ14期の有志7人は「東京には無い夏」を追い求め、遠い海の果て“OKINAWA”へと旅立った……。

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「おい!山谷はどこだ!?(小声)」
「だめだ……全員の爆睡顔を見て回ったが、やはり見つからない!(小声)」

時刻は午前3時半前。我々は数十分後に出発する成田行きのバスに乗るために、大江戸温泉物語の仮眠室で目を覚ました。が、皆と共に寝ていたはずの山谷が、すっかり姿を消してしまったのである。

大江戸温泉物語は、東京お台場にある人気の観光温泉施設。広くて清潔、手ぶらで快適に温泉を堪能出来るだけでなく、和風な外観や夏祭り風の内装に工夫を凝らした上、常にアニメとのコラボ展示も行っており、子供から大人、更にはヲタクまで楽しめるのが人気の所以だ。成田への深夜バスを利用すれば破格の値段で入館することが出来るため、旅費を安く抑えたい体力のある学生にはオススメだ。

さて、そういえばあの山谷、ゼミ終了後に行きつけのフォレスタで酒を飲んでいたが、その後はいつものように暴れる様子を見せず静かなものだった。まさか今頃になってお得意のぶっ飛んだ行動(例えば1人でふらふらと温泉に向かい風呂で寝ている、など)を取っているのではないか。

バスの出発まで時間が無い。いっそ置いて行くか。メンバー内で一番のヤバい奴だ。置いて行けばこれからの旅路が数倍楽になるであろうことは目に見えていた。しかし……やはり、彼がいなければ寂しい。山谷いじりなしではきっと、この旅行中に訪れるふとした沈黙を埋めることが出来ず、気まずい雰囲気が漂うことになるだろう。

「なあ、一人だけ、顔が見えない奴がいるんだけど」

それは頭から爪先まで、すっぽりとタオルケットで身を覆い、髙川の隣に横たわっていた。端的に言って、怖い。まるでミイラだ。

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こいつが山谷か?だとすれば、髙川の隣で寝るなど言語道断。とりあえずこのまま首絞めとくか。

殺気を感じてか、ミイラは自ら両手両足の封印を解き、背伸びをしてから顔を顕にした。

「ん~~、おはよ~~……」

なんだ、黒田か。女子がそんな格好で寝るな、色気がない。

寝起きの黒田は、皆の蔑むような表情に迎えられた。

「いたよ!!(小声)」

我々は神谷の声が聞こえた方向、仮眠室の外へと駆けた。

ゴイン ゴイン ゴイン ゴイン……

深夜の静かな廊下に、マッサージチェアの機械音だけが響く。四台並べられたそれらのうち、最も手前の一つに眼鏡の男が座っていた。山谷はこちらに目を向けようともせず、ひたすらに空を見つめていた。彼の手に握られた紙パックのコーヒー牛乳のストローは、もはや彼の一部のように、唇から離れることは無かった。

「おい山谷、探したぞ……!」

そう声をかけるとようやく、山谷は我々の方を向き、なぜかキラキラとした瞳で笑いかけた。

「おはよう」

こうして集団行動が苦手な我々の旅が始まった。

 

 

~山谷の感想~
「俺が飛行場で朝からビールを飲んでしまったのは、皆に拐かされたからだ!自分から進んで飲んだんじゃないぞ!」